多数決、音の消失、その他

先日は久々に友達と色んな事についてお話しする事ができてすごく楽しかった!就活や音楽やサッカーから昔の日本の歴史や前世の理論や侘び寂びまでの幅広いお話しでした! さすがにこういう内容について考える事が大好き僕は、今でも色々考えている(笑) なので、このポストのタイトルの通りに話したいと思います。 まず、とても面白い事を始めて知りました。音楽が少しわかれば、DoとDo#が存在するというのは当たり前ですね?しかし!昔の日本にはその間の音も存在したという事実!(他の音もちろん同じく) ああいう伝統的な音楽あるじゃないですか?グリッサンドみたいな感じ。それです。例えば、下記の曲を聴いてみて下さい。 わかりますかね?まあ、全くこういう曲ではないけど。これは「大神」というゲームのBGMの中の一つの曲です。近いかなと思います。たぶん昔のああいう表現はある意味で現代の人間が理解できないとは思うので、これは昔の音楽を現代化にした物かと思います。 で、この音はなぜ無くなったかというと、西洋人が自分達の音楽文化を入れ込んだからです。僕も西洋人なので、なんとも言えない。 まあ、ポルトガル人は日本に着く始めての西洋人だったというのはいい事だと信じたいけど、確かに昔からこの大航海時代の「発見」というモノはあまり良くないと思う。国民はそれぞれ違って、悪い事をするのがいれば、そうでもないのもいるわけだけど、他の国に行って「俺らが発見した、俺らのものだ」って決めるのはどれだけバカバカしいの?(笑)もし明日土星人が地球に来て、同じ事を言って、地球人を勝手に命令するのも同じじゃないか。わかわからない地球人はそのまま自分達のものをしょうがなくあげる。意味がわからないね。 大航海時代の場合は、「お前らの音楽は微妙過ぎ、わかりづらい、俺らの通りにしろ」のような事を西洋人が言ったんじゃないかなと僕は思います。 政治関係というか、社会的な考え方もそうです。日本は曖昧な国だとよく言われますが、俺的にはその「曖昧」の意味こそ曖昧だと思う。ただ違う文化に来て、自分のと違うからわからないので曖昧だと言う。それはよく日本に来る外国人の行動から見るとわかると思います。あまり国の事わかろうとしないで、あくまで自分の国が正しいと。その他は変、みたいな態度。その態度は嫌いだからあまり外国人とのつながりがない(かな?笑)自分も外人のくせに。なんか色々皮肉だね。 まあ、曖昧にしても、変にしても、当時の西洋人は日本人が使っていた問題を決める方法があまりお好みではなかったらしくて、「多数決にしなさい」と親切に命令したわけ。 発見された平和の日本人はしょうがなくそれに従った。多数決は世界中で当たり前の決め方になっているけと、実際いつも正解のかな…俺的には正解だと思う。でもそれは各自自分で決めたらですね。誰がただのオタク、誰が普通のファンもこの内容に当てはまるけど、繰り返しになってしまうので、今回政治の例を挙げます。 おそらくどこの国でも、政府の中で贈賄が存在すると思うけど、それを知って、国民は同じ奴らを選んじゃう。こんな簡単です。他人がいいと言うから、考えずその流行に乗って行っちゃう。我々が住んでいる世界です。多数決です。みんながいいと言うから私もそう思います。みたいな感じ。 反社会的だと言われそうかもしれないけど、俺逆にみんながいいと言ったら何かおかしいと思う。もちろんそれじゃない場合もある。 数の問題じゃない。100人がAだと言ったら、一人がBだと言ったら、その一人が正解かもしれない。やっぱり多数決は正解に限らないかな(笑) だから中国は経済的に世界の第二って言われても、「ふぅーん」としか思えない。数の問題じゃないから。数の問題だったら人間なんか要らないだろう、ロボットでいいんじゃないか。 長くなってしまうけど、これを書いているのは、特に目的が無いです。まあ、読者さんが同感だったら是非コメントを残して下さい。また反対の意見も歓迎です。 これを読んで、自分の考え方を少しでも考えてもらったらそれでいい。流行って悪い事わけではないけど、危ないです。非常に危ない。そしてそれを知っている頭のいい奴らはいい人に限らない。 人間は自分達の本当の力を知らない

日本とポルトガルの吹奏楽

日本の吹奏楽を経験し始めてからもう2年間経ったので、そろそろポルトガルの現実と比べたいと思います。 最初に、一つだけ言っときましょう。音楽だけではなく、両国は全く違うので、その文化の違いは音楽にも影響を与えるわけです。 僕の経験から始めましょう。始めて音楽を勉強したのは小学校だったんですが、読者さんが思ってるほど当たり前ではない。田舎の小学校で、一人の先生が全部の授業を教えてました。音楽は歌と基本を学ぶぐらいで、体育もそこまでなくて、ただの遊びみたいな感じでした。 日本みたいに運動会とか発表会とか完全にあり得ない。それと一応呼べるものはありますが、比べてみたら比べられないとわかります。そこから全てが始まる。教育。ポルトガル人は小学校を通って、中学校を通って、高校を通って、大学を通って、音楽の教育はわずかだ。言うまでもなく、吹奏楽部は一切存在しない。クラブ的な、遊びな感じでやる場所はありますが、あくまで遊びです。日本だと、コンクールまである!というのは日本人にとって当たり前な事かもしれないけど、あり得ないですよ、向こうでは。 生徒達は学校を通って、授業が終わったら帰るんですよ。アルバイトとかもそこまでないし。話から離れるけど、それはもう一つのあり得ない現実。日本ではアルバイト先を普及するために、広告、ウエブサイト、テレビ等で出てくるんですね。ポルトガルはそれも存在しないです。アルバイトをしたければ、直接店に行くか、新聞等で調べます。面接とか履歴書もいらない場合が多いです。 もちろん、これを言いながら、ポルトガルが悪いと言いたいです。基本がないからそれ以上あるわけない。 この経験を通して、日本に来て、アマチュアな楽団に入って、思ったのは「俺やっぱり未経験者だった、8歳から吹いてるって言っても、その価値はあくまで時間だけ、クオリティーではない」。ここがやっぱり一番大きいショックでした。地元の仲間達をみんな連れてきて、日本の吹奏楽のやり方を見せたいぐらいのショックでした。 入団して以来、毎日重要な勉強できています。自分の音楽レベルを高めながら、このような団体に関わる責任を持ちつつ、楽しい時間を過ごしています。 ここもポルトガルの吹奏楽団の異なる点です。現在、お客さんを意識しながら演奏している一方、ポルトガルにいた時、主に自分の事しか考えてなかった。プレヤーが楽しめれば、それで充分でした。「俺らは楽しくやったら、お客さんも楽しめるでしょう」という考え方。わからなくはないけど、やっぱりお客さんに演奏しているから、お客さんを第一にしないと意味ないとわかりました。だから質が上がらず、遊びに過ぎない。でもこれもね、両国の文化の違いの影響ですよ。厳しく、企画されて、ちゃんと予定通り進む練習はできないです。週末なんかはみんな遊びたいわけ。その権利はあるだろうが、あくまで遊びは遊びで、そこから生まれる物はあまりないと思います。何かを作りたい人、自分より大きい物の一部になりたい人はやっぱり責任を持って頑張らないといけないと思います。 ところが、悪い事もあれば、いい事もある。音楽のおかげで、絆が生まれる。何かの目標を頭に入れて動く。音楽は言語を越えるコミュニケーションという事で誰でもわかる。音楽を聴いて、心が揺れる。やる気とモチベーションが出る。 いつも感じるけど、音楽がなければ人生の楽しみはナイ。人生って色々あるけど、辛い時や悲しい時、楽しい時や嬉しい時、いつも当てはまる音楽がある。前のポストにも書きましたが、落ち込んでる時、ある音楽を聴いて、元気が自ら出るというのは奇跡のような事です。何もないから命が生まれるような、無から現れる宇宙のような唯一の奇跡です。 文化の違いから初めて、共通である音楽の楽しみで終わります。

充実

「充実した週末だった」って言うのは決して初めてではないが、先週末はかなりトプレベルでした。 金曜日は家で吹奏楽団のメンバーと一緒に食べたり飲んだりして、土曜日は横浜での大橋先生の50歳誕生日パーティーに参加させて頂いて、日曜日は池袋での吹奏楽団のメンバーとのビリヤード! 改めて思ったけど、素晴らしい人達に囲まれている。あの日に見学してなければ、今の現実は想像にも存在しなかった。 もうすぐ来日してから2年間。冒険が増えつつ、挑戦も難しくなっていく。でもそれと共に友達は一緒にいてくれるから大丈夫。この何も知らないポルトガル人はここに何をしているのか全くわからないけど、何かの意味があるというのを信じて戦います。結局みんなそうでしょう。 充実だと言っても、埋めたい穴たくさんあるなー。

音楽。感謝。

日本語のポストは結構久々なので、本日また書いてみた! 最近不安で悩み過ぎる時期になってきてる。数ヶ月前から就活が始まって、何が何かもうわからなくなってきて、「とりあえず」という考え方で生きてるって感じがする。「自己PR書きなさい」、「会社調べなさい」、「作品作りなさい」、「ポートフォリオまとめなさい」と言われるばかりで、なかなか精神休めない。 自己PR書けって言われても、そこまで問題はないと思う。ある程度自分は何ができるって知っているからだ。ところが、履歴書のわずかな4行に書くのは辛い。ぴったりじゃないと印象が悪いって言われるけど、全く意味がわかりません。まあ、絞る事ができるっていうやつなんだけど、人それぞれ違うし、必ずしも4行が必要わけではないと思う。または足りないかもしれない。 志望動機も同じく。受ける会社に一つずつ書かないといけない。「この会社じゃないとダメ!」みたいな事を上手く言わなきゃいけなくて、正直にいうとあまり好きじゃない。っていうか、もちろん会社の人はこの会社を希望した理由を知りたいだろうが、ぶっちゃけ希望する会社一つだけではないし、会社を拝む必要もない。それにしても、毎回冷静な態度でその嘘が繰り返される。どれの会社でも働いた事ないから、はっきり言えるわけないし。この表面は真面目すぎる一方、みんなが本当に思っている事、その裏面はどうでもいい事が多い。 そして面接のやり方。答え方が決まってるとか、動作が決まってるとか。みんな同じ事を習って、みんな同じ事をマニュアル通りに行う。それは確かに日本が動ける一つの理由だろうが、あくまでマニュアルだ。人ではない。ある偉い人が言った言葉は「今の新入社員は個性がない。みんな同じだ。」それはそうだ。みんなマニュアルだから。もちろんマナーとかルールとかを守らないといけないけど、ある程度ジブンが存在するというアピールをしないと、これは全部とんでもなくくだらない事になってしまうと正直に思う。社会は人間が生きる場所なので、機械用の言語を使わなくてもよいではないか。 そう。人間の言語。人間の言語と言えば、音楽だ。 僕は日本語を勉強するために日本に来たけど、いつの間にか音楽にはまった。 母国でずっと子供の時から吹奏楽団に所属していたので、日本に来ても、その趣味を続けたかった。適当に自分の楽器を持ってきて、適当に家の近くの吹奏楽団にオーディションを受けて入団した。 その時からもうすぐ2年経つけど、一生の勉強になっている。最初のショック、からのわからない事が多すぎる恥ずかしさ、からの努力したおかげの感動、からの失敗で自信を失う事、からの絆、からの感謝。必ずしもこの順番ではないが、今まで感じた事が多すぎて小説書けそう。 正直にいうと、母国で吹いた時結構自信があった。偉そうな態度になるかもしれないが、「ここで伸びる事は不可能」とある時から思っていた。自分が真面目にやってたのに、ほとんどの人は遊びな感じでやって、全体的に上手くなるわけないと思った。 日本で吹いてから、地元の人達(僕も含めて)は何も知らないと思った。悪いけど。音楽の勉強は適当で、音楽の演奏は適当で、音楽の扱いは適当で、これこそアマチュアっていう。日本の吹奏楽はなんと言ったらいいかと言うと、アマチュアではないと思う。もちろん仕事ではないのでプロでもない。いや。違う。その間だと言おうとしたが、言葉の由来から考えよう。アマチュアはポルトガル語でamadorって書いて、「愛する人」という意味になっている。ここから考えてみると、アマチュアは当てはまるかもしれない。 知らない事が多すぎて、「頑張る」と言っても、何もできない感じしかなくて、逆に下手になっていると感じる。そこで、尊敬する人達を例にして目指すしかない。 気づいたら、ここに僕の友達がいる。ここに僕の趣味がある。ここに僕の尊敬する人達がいる。どんなに考えてみても、この団体に入らないで生活するのを想像できない。感謝でいっぱいです。縁です。 これは僕の個性。面接官に教えてやる。足りなければ、世間はもうダメだ。どうせダメか。

Japanese Music: Spitz (スピッツ)

Spitz (スピッツ) is a Japanese rock band formed in 1987. They gained commercial success in the mid and late 1990s, and are known for their abstract and eccentric songs penned by primary singer-songwriter and guitarist Kusano Masamune (草野マサムネ). In March 1991, they debuted their self-titled album and the single “Hibari no Kokoro“. Since the commercial success … More Japanese Music: Spitz (スピッツ)

伊呂波 (いろは, iroha) – The Perfect Poem

Do you know 伊呂波 (いろは, iroha)? It is a Japanese poem written in the Heian era (AD 794–1179). The first record of its existence dates from 1079. It is famous because it is a perfect pangram – sentence using every letter of the alphabet -, and in the same time an isogram – sentence written without repeating a … More 伊呂波 (いろは, iroha) – The Perfect Poem

改めて、新しい生活

なんとなく、この表現を結構繰り返している気がする。その一つの理由は、新しい学校に入学して、新しい勉強を初めて、新しい友達を作って、新しい道を歩いて、毎日の生活が全く変わったっていう事。もう一つの理由は、音楽。ほぼ一年前、初めて長期で日本に来て、演奏する場所もなくて、適当にサックスを持ってきた。「とりあえず持って行こう」と思った。「どこかで吹けるだろう」。とにかく、音楽は一番大切な事じゃなかった。日本語の勉強のために日本に来てた。ところが、この素晴らしい吹奏楽団に入って、初めてオーディションを受けて、たくさんの友達を作って、自分の音楽の限界をますます上げたいっていう気持ちが今までずっと続いている。前の緊張感はまだちょっと残っているけど、このグループとのつながりが強くなって、家族のように感じる。更に、このすごく楽しいバンドに参加させてもらって、また友達を増やして、また新しい曲を試して、どこまで行けるのを探し続けている。ところが、あっちこっち問題も出てくる。企画の成功を達する事が出来ない時、非常に落ち込む。音楽に関して、まだたくさんの夢を持っている。つながりの力。